EBM learning program
地域で医療を提供するには広い分野の知識が必要です.しかし,診療所,病院によっては研修の機会に恵まれない,生涯研修の機会が少ないなどの問題があります.また,必ずしも広い分野における知識をup-to-dateなものにするのは容易ではなく,地域医療の継続において,広い分野の知識を得る生涯学習システムが必要です.
自分の経験に基づく対処や,指導医や周囲の医師から享受された情報や技能,さらに宣伝パンフレットからだけでは知識に偏りが生じる可能性があります.情報に飢えていた私にとって,インターネットの発達は新たな可能性を提供してくれました.田舎にいながら世界中の最新の医療情報にアクセスできるようになり,情報「へき地」は存在しなくなったのです.その時,まさに「情報の洪水・氾濫」を体験しました.情報が入ってくればくるほど,不安になります.「自分のやっていることは正しいのか?」「患者や住民にとって,最もよい治療や対処はないのか?」「どちらの情報が正しいのか?」私だけではなく,仲間の医師も同様の壁にぶち当たっていました.
そんな時,EBM(Evidence-based medicine)と出会いました.短時間で情報の選別ができ,しかも妥当性の高い情報が得られる「情報のフィルター」,それが批判的吟味(critical appraisal)です.さらに,われわれ臨床医は多くの場合,目の前の患者に適応し対処するために情報を収集し判断します.その過程までも面倒をみてくれるのがEBMでした.
診療所勤務の際,変形性膝関節症・腰痛症の患者が多く,鎮痛剤を処方していましたが,胃十二指腸潰瘍の副作用を起こす人がいました.そんな時,製薬会社のMR(医療情報担当者)が診療所までやってきました.潰瘍の予防を目的とする粘膜保護剤,H2受容体拮抗薬などのデータを示してくれましたが,「どれも効きそうだ」と思えます.少ない情報の中で,統計的有意差を示す結果がパンフレットに載っているのをみて,粘膜保護剤,H2受容体拮抗薬などを処方することが多かったのです.しかし,NSAIDs潰瘍の予防についてEBMの手法を用いて検討してみると,misoprostolはある条件下でNSAIDs潰瘍を予防できるが,H2受容体拮抗薬には効果がなく,粘膜保護剤については評価できる情報に乏しかったことがわかりました.このように,日常の治療を一変しなくてはならない結果に至ることが実際にありました.
EBMは多くの情報から個別の問題に適応できる結果を導き出す手法で,質の高い地域医療を行う道標となってくれました.また,EBMを通して問題解決すること自体が生涯教育となっていました.このような観点からEBM勉強会の必要性を認識し,TV会議システムを利用したEBM Learning Programを実施しました。
(八森 淳)
EBM learning program
<目的> |
地域医療に従事する医師がEBMの手法を用いて患者の問題を解決することにより日常診療の質が向上する. |
<具体的目標> |
1.日常診療から問題点を挙げることができる. |
2.臨床医学的基本概念の理解ができる. |
3.Cochrane Library, ACP Journal Clubなどのセカンドジャーナルの利用ができる. |
4.オンライン検索の環境を整え,検索技能を取得できる. |
5.文献を収集し,短時間で読むことができる. |
6.妥当性の高い文献の評価ができる. |
7.周囲の医療機関との関係の中で,あるいは電子メール,テレビ会議システムなどを用いて相談できる環境をつくる. |
8.得られた情報を患者の診療に適応できる. |
<方法> |
1998年10月〜1999年3月(治療,予後,診断のカテゴリー修了).日常業務が終了した夜間. |
<使用するハード,回線> |
Windows 95の動作するパソコン,テレビ会議システム(NTTフェニックス),インターネット使用環境,INSネット64(NTT),NTTフェニックス通信網(多地点接続サービス) |
<会議の運営> |
チュートリアルシステム中心 |
臨床疫学,その他の分野のエキスパートによる講義 |
テレビ会議システムと同時進行的なインターネットの利用 |
参加者の日常診療での疑問に関連づけた資料の作成 |
参加者からのプレゼンテーション |
資料は電子媒体での配布 |
<テーマ(例)> |
糖尿病の降圧薬,肺癌とビタミンE・βカロチン,診断の文献の批判的吟味と臨床疫学の基礎知識,インフルエンザとamantadine,心房細動とワーファリン,咽頭炎と抗生剤 |